「速報解説・公表裁決事例」Profession Journal誌に寄稿しました。

 国税不服審判所が四半期ごとに公表している「公表裁決事例」ですが,平成29年4月~6月分が,先週12月18日に公表されました。今回の公表裁決事例は10件,課税処分の一部が取り消された裁決はそのうち4件でした。

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 いつものように3件の裁決について短くまとめておりますが,一番興味深く読んだのは,無申告加算税ではなく重加算税の賦課決定処分をした原処分庁に対して,「隠ぺい,仮装の意図はなかった」として,重加算税を取消した裁決でした。「疑わしきは罰せず」に近い判断を国税不服審判所が行うのは,あまり記憶にありません。詳細は,寄稿した記事と公表された裁決をお読みいただければと思います。

 公表裁決についての紹介記事を書くたびに思うのは,いつになったら,裁決のすべてが公表されるのだろうかということです。このところ3か月間で10件程度の公表が常態化しており,「この程度公表しておければいいかな」という思惑でもあるのかと勘繰りたくなります。少なくとも,国税不服審判所が原処分庁による課税処分の全部又は一部を取消した裁決については,全件公表することが,納税者の予測可能性を担保し,権利を守ると同時に,課税庁による無理な処分に対する抑止にもつながると思うのですが,いかがなものでしょうか。

 

「会計不正調査報告書を読む」Profession Journal誌に寄稿しました。

 先週に引き続き,ATT事件の被害者であると思われるKISCO株式会社が設置した特別調査委員会報告書をとりあげた記事を寄稿しました。先週の藤光樹脂株式会社の損害は約4億円とのことでしたが,こちらは,未回収の売掛金残高が約70億円と,桁が違います。

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 冒頭「思われる」と表記したのは,本調査報告書では,ATT株式会社と推測できる会社は「A社」となっており,他のリリースにおいても,ATT株式会社の名称は出てこないことによります。ただ,東京商工リサーチが配信した記事などを合わせて読むと,KISCO株式会社においても,ATTによる架空循環取引に巻き込まれたことが強く推測できます。なお,架空循環取引が発覚した経緯は,藤光樹脂株式会社と同じく,ATT代表取締役からの電子メールでした。KISCO株式会社は,すぐに,ATTに乗り込み,社長以下複数の役員・従業員のノートPCから電子メールデータを抽出することに成功します。これはなかなかすごいと思います。

 その結果,KISCOは,長期にわたって架空循環取引の輪の中に入っていたことが判明,過年度決算の修正を余儀なくだれることとなりました。

 なお,東京商工リサーチは,KISCOが特別調査委員会の設置を公表した4日後には,以下の記事を配信しています。

www.tsr-net.co.jp

 

「会計不正調査報告書を読む」Profession Journal誌に寄稿しました。

 「会計不正調査報告書を読む」連載第65回となる今回の報告書は,藤倉化成株式会社の連結子会社藤光樹脂株式会社が巻き込まれた架空循環取引をめぐる売掛金回収不能事件です。

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 ことの発端は,ATT株式会社代表取締役が関係各社に送ったメールでした。それまでも急激な売上の増加から,架空売上の噂が流れていたATT株式会社でしたが,6月22日,代表取締役は架空取引であったことを認めました。

 真っ先に動きがあったのは,大阪に本店を置く老舗商社KISCO株式会社でした。同社がATT関係の取引で多額の損失を被ったことは,その後の東京商工リサーチのレポートで明らかになります(ただし,この時点では,ATT株式会社の名前までは報じられていませんでした)。

www.tsr-net.co.jp

 KISCO株式会社から送れること1か月余り,藤倉化成株式会社は,連結子会社である藤光樹脂株式会社が貸倒引当金を繰り入れる必要があったことを公表し,はじめて,ATT株式会社の社名が出されました。

 今回の記事は,藤倉化成株式会社が設置した特別調査委員会の調査報告書について,その内容を検討するものです。

 調査期間中である8月14日には,KISCO株式会社が設置した特別調査委員会による調査報告書をも公表されていますが,こちらは,ATT株式会社と思われる取引先については{A社」となっていました。

 広がりを見せるATT事件ですが,来週19日には第1回財産状況報告集会が開催され,債権者が判明するものと思われます。

 なお,KISCO株式会社が公表した報告書については,次週のProfession Jounal誌で公開することを予定しております。合わせてお読みいただくと,ATT事件についての理解が深まるのではないかと考えております。

「租税争訟レポート」Profession Journal誌に寄稿しました。

 web情報誌Profession Jounalに寄稿させていただいている「租税争訟レポート」が公開されました。今回とりあげた事案は,九州地区有数の養鶏業者である原告が,「感謝の集い」と称する従業員向けのコンサート付き昼食会を福利厚生費として損金の額に算入していたところ,熊本国税局による調査の結果,この費用が「交際費等」として課税処分を受けたため,訴訟を提起したものです。

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 福岡地方裁判所は,原告の主張の根幹部分をほぼ認め,課税処分の一部取り消しを命じました。原告の事業活動,参加者の多さや女性社員が多数いることなどから,宿泊を伴う慰安旅行ができないため,豪華な昼食と有名な歌手のコンサートにより従業員に対する「感謝の集い」を催しすための費用について,社会通念上福利厚生費の範囲を超えるものとは認めがたい,と判断しました。被告・国側は,慰安旅行と酒食を伴う宴席とでは,「通常要する費用」が異なるというようにも捉えられる主張をしていたようですが,これはあっさり,裁判所によって退けられました。

【書籍】一田和樹『公開法廷』

 「公開法廷」とは,投票権を持つ全国民が陪審員となる裁判のことで,ひとつの公判で三組の被告人が登場し,それぞれに検事と弁護士がついたうえで裁判が行われ,陪審員である国民の投票によって,三組の被告人のうちだれが真犯人であるか,または三組の被告人たちがすべて無罪であるかが裁かれる法廷のこと。テロ等準備罪が成立した後の日本が,どのような社会になるかを描いた近未来小説。結末が知りたくて,読み進めました。

公開法廷:一億人の陪審員

公開法廷:一億人の陪審員

 

  本筋から外れますが,本書の中で,「サヨク」についての言及が2カ所あり,面白く読みました。

カタカナのサヨクと表記されるようにって意味合いが変わった。きちんとした議論をせず,時には根拠もなく,同じ主張を繰り返す頭の悪い人々という揶揄する言葉に変わった。本来の思想的な側面は失われ,パッシングの際に用いるラベルになった。

文句だけ言って国をよくする具体的な行動をしない人にとやかく言われたくないなあ。僕知ってますよ。そういう人を最近は,カタカナでサヨクっていうんでしょう?

 本書の内容については,ミステリーという作品の性質上,言及を避けたいと思います。いささか荒唐無稽かもしれませんが,アメリカの犯罪捜査やサイバー・セキュリティに詳しい筆者ならではの視点がふんだんに盛り込まれていて,たいへん面白いストーリーとなっています。筆者の著作を読むのは初めてでしたが,ぜひ,他の書籍も読んでみたいと思っているところです。

 

【書籍】水谷竹秀『だから,居場所が欲しかった』

  タイトルよりも,「バンコク,コールセンターで働く日本人」という副題に惹かれて読みました。筆者の水谷さんはフィリピン在住のノンフィクション作家。彼の書籍を読むのは初めてです。

  タイに,日本のコールセンターがあるという話すら,初めて聞くものでしたが,本書によると,大手コールセンターの進出は2004年のことだというから,もう10年に上の歴史があることになります。大手コールセンター2社だけで300人,規模の小さなコールセンターも含めると400~500人が,「日本語」でコールを受け付け,あるいはセールスの電話をかけているということで,驚きでした。

 ただ,コールセンターで働く人に対する日本人在留者の評価は低いらしく,「コールセンターでしか働けなかった」という印象を持たれ,月収が3万バーツ(約9万円)とほかの現地採用者(最低賃金が5万バーツから)よりもかなり低いことも手伝って,見下されているということです。とはいえ,3万バーツあれば,ぜいたくはできないまでも,生活ができるのがタイのいいところのようで,日本で居場所のない人たちが集まっている――本書の背景はそんなところでしょうか。

 「困窮邦人」という言葉も,本書で初めて知りました。困窮法人とは,「経済的に厳しい状況に陥っている海外在留邦人」ということで,タイは,フィリピンの130人に次ぐ29人が援護された実績があるとのことです(外務省,2015年)。筆者が取材をしていた,コールセンターで働き,その後,コールセンターの職を失った中年男性が,困窮法人になっている可能性があることに,本書で言及しています。

 私自身,何度か,バンコクには観光で訪れた経験があり,タイ語がまったく通じなくても何とかなるという経験は有していたのだが,物価の安さとタイ政府の後押しもあったとはいえ,日本の賃金の2分の1以下で日本人を雇用し,日本語コールセンターが運用されているというのは驚きだった。そして,こうした「海外ワーキングプア」の増加は,日本における非正規労働者の増加と軌を一にしていると筆者は分析する。

 決して読後感がいい書籍ではないものの,5年の歳月をかけた緻密な取材に基づく登場人物のストーリーは,それぞれに波乱に富み,考えさせらることが多くありました。中でも,郵便局の正社員の職を辞し,住宅ローンを踏み倒して家族3人でタイに来て,コールセンターで働く中年男性がうつ病になった元同僚への手紙に書いたという,「心の優しい人間はうつ病になって当たり前。ならない方がおかしい」という言葉は,病んでしまった日本社会を映しているように思えました。

「会計不正調査報告書を読む」Profession Journal誌に寄稿しました。

 不定期で連載させていただいているProfession Journal誌の「会計不正調査報告書を読む」第64回の記事を寄稿しました。とりあげたのは,山梨県にあるジュエリーの製造販売業を営む株式会社光・彩(旧社名:株式会社光彩工芸)の経理責任者による横領事件の内部調査委員会による報告書です。
 不正が発覚した経緯にまず,驚きました。東京国税局による税務調査の初日に,不正があることを示唆されたということです。「初日」というのがすごいです。たぶん,代表取締役(もしかすると社長室長も同席していたかもしれません)に対して,こうした示唆が行われたと思われますが,当時,経理課は社長直属の体制になっており,経理責任者である経理課長の上司は社長だったわけですから,これは衝撃だったでしょう。

 不正の調査を行ったのは,監査等委員である社外取締役の弁護士二人がそれぞれ主宰する法律事務所に所属する顧問弁護士と顧問税理士事務所に所属する公認会計士。調査の目的は,不正の解明というよりは経理責任者が横領した金員によって購入した資産を確保することによる「損害の回復」。他の会計不正事案とは趣を異にする調査でした。

 中途入社した7か月後にはもう銀行預金の横領に手をつけていたという経理責任者ですが,横領した金員で複数の不動産を購入し,実親を住まわせたり,賃貸収入を得たりと,ギャンブルや飲食,愛人などに費消して他の事案の犯人とは一風変わっていました。おかげで,内部調査委員会は,不動産を譲渡担保にとったり,預金を差し押さえたりと,かなりの損害を回復します。その点だけをとってみれば,顧問弁護士を調査の主体にしたことは正解だったのでしょう。

 この経理責任者は,税理士試験2科目を免除され,1科目合格して,会計事務所での勤務経験もあり,会計監査人への対応もそつなく行っていたようですから,たぶん有能な経理マンには違いないのでしょう。ただ,残念ながら,誘惑には弱かったようです。