書籍 髙村薫著『作家的覚書』

  新聞書評に載っていたので読んでみました。2014年から2016年にかけての3年間の出来事に対する髙村さんの思いが,雑誌の連載記事を中心にまとめられています。

作家的覚書 (岩波新書)

作家的覚書 (岩波新書)

 

  デビューしたころの髙村さんの小説は,ほとんどすべて読んでいた記憶があります。たぶん『レディ・ジョーカー』くらいまで。その後,まったく彼女の読まなくなった理由は,自分でもよくわかりませんが,一方,新聞に時おり掲載される社会時評的な文章は,目につく限り読んでいました。とくに,2013年ころまでは,東京新聞に月1回の連載があったので,楽しみにしていたものです。

 印象に残った文章があります。「人間としてこの社会に生きる義務」について,彼女はこのように書きます。

 私のような還暦をすぎた独身者には,集団的自衛権の行使も,労働者派遣法の改正も,影響はごく限られているが,代わりにせめて直接の影響を受ける自衛隊員や正規雇用者の不安に思いを馳せ,国民の生命や生活を大っぴらに蔑ろにして憚らない政治への真剣な怒りを募らせる。これが真面目に生きるということだ。

 高村さんの硬い文章が,社会がどんどん悪い方向へと変化しているのではないかという不安を感じさせます。雑誌の連載記事の最後,2016年12月号のタイトルは「もう後がない」でした。

 本書を読む前に,本書に収録された以前の年代である2008年から2013年に至る時評を収録した『作家的時評集2008-2013』も読みました。こちらも,自民党政権への失望から政権交代に至る高揚,民主党政権に対する期待と裏切られ感,第2次安倍政権の誕生といった政治史の流れを振り返るうえで,いま,読み返す価値のある時評集であると思います。

  5年前から10年前くらいの話題であるにもかかわらず,当時抱いていた違和感や疑念は,いつの間にか,薄れてしまっていることに,改めて驚いた次第です。

作家的時評集2008-2013

作家的時評集2008-2013