「タックス・ジャスティス」と「税金地獄」

  租税に関してまったく違った立場からの論点を提示する二冊の書籍を読みました。伊藤恭彦教授の「タックス・ジャスティス」は,文字どおり,租税とはどうあるべきかを政治哲学の立場から考察するものであり,朝日新聞紙上の連載をまとめた「ルポ税金地獄」は,経済部の記者が取材した納税者の実態から,これからの課税のあり方について,徴収面での問題点も含めて描いています。 

タックス・ジャスティス―税の政治哲学 (選書“風のビブリオ”)

タックス・ジャスティス―税の政治哲学 (選書“風のビブリオ”)

 

  まずは,伊藤教授の「タックス・ジャスティス」から。伊藤教授は,「税について」このように書いています(96ページ)。

本書は,税は社会構想とそれを推進するための規範である社会正義に従属したものだという考えを基本にしている。

 そのうえで,社会構想の観点から悪しき経済行動と考えられるものには増税を,社会構想の実現に寄与している経済行動には減税をすることを,積極的に推進すべき租税政策であると主張されています。

 また,タックス・ジャスティスの観点からは,租税回避行為は,「フェアプレーの義務」を遂行しない,正義にもとる行為であると言います。「おわりに」の項でとりあげた「正義に適う租税体系」として,資産課税と消費税増税だけに言及していることも,興味深いところでした。

ルポ 税金地獄 (文春新書)

ルポ 税金地獄 (文春新書)

 

 そうした正義にもとる「租税回避行為」の実態を「税金を払わない富裕層」としてとりあげているのが,「ルポ税金地獄」です。本連載が契機となり,タワーマンション課税が強化されることになったということですが,本書の第1章と第2章は,富裕層とそれ以外の層――とくに零細事業者との違いを浮き彫りにしています。

 本書では,徴税側の取り立て姿勢に言及しているところが,目を引きました。

 横浜市は,税金の滞納に対して積極的に差し押さえを実施することにより,滞納残高を1998年度末の494億円から2014年度末には81億円まで減らしたということです。ただ,その陰では,分納の約束をして予定どおりに支払っているにもかかわらず,突然,銀行預金を差し押さえられた自営業の男性がいたたこと,新たな財産が見つかれば,約束通り分納してs¥いても差し押さえを行うことは法的には問題ない,とする横浜市の主張などが説明されています。

 その一方,岡山市は,事務負担が大きい割に徴収率にのアップに必ずしも結びつかないとして,差し押さえ件数を大幅に減らしたといいます。また,滋賀県野洲市ののように,「滞納はSOS」であると捉えて,滞納で相談に訪れた市民の就労支援など,生活再建の手伝いを行うことで,徴収率向上を図っている自治体の取組みも紹介されています。

 本書について,ひとつ,不満を述べさせていただくと,第6章は,「税金地獄からの脱出」と題されていて,具体的な処方箋が提示されているのかと期待しましたが,紙数の半分以上は,医療と介護の問題に割かれていて,脱出につながりそうな文章は,「学習支援への寄付」「ベーシック・インカム」くらいでした。「税金地獄からの脱出」がそれだけ難しい,解のない問いであるということなのかもしれませんが,読後,少し物足りなく思った次第です。