【書籍】井ノ上陽一『ひとり税理士のIT仕事術』

  同業者にあまり知り合いがおらず,まして,友人と呼べるような税理士がいない当職ですが,本書の著者である井ノ上陽一さんは,とても近しい存在だと(勝手に)思っています。なにしろ,会ったことがないのですから,友人ではないはずです。井ノ上さんの著作を拝読するのは,これで2冊目です。前作『ひとり税理士の仕事術』同様,短い文章でたたみかけるように繰り出されるノウハウは,そこまで公開して大丈夫ですか,というレベルのものです。

ひとり税理士のIT仕事術―ITに強くなれば、ひとり税理士の真価を発揮できる!!

ひとり税理士のIT仕事術―ITに強くなれば、ひとり税理士の真価を発揮できる!!

 

  前作でも同じような感想を持ちましたが,井ノ上さんは,本当にストイックな方です(そうでなければ,トライアスロンに出場しないでしょう)。前作では,「ひとり」にこだわり,本作では「効率化」を追求しています。私個人は,人生には多少ムダがあった方がいいという考えですので(「多々」かもしれませんが),そこまで効率を追求する気はないのですが,自由な時間がある方が楽しいことは間違いないので,井ノ上さんの実践されていることのいくつかは,徐々にとりいれたいなと正直に思っています。

 本書を読む前から知っていたことではありますが,会計ソフトに対する考え方には,井ノ上さんと当職にかなりの共通点があります。井ノ上さんが本書で書かれているとおり,「消去法で選んだ」ものではあるのですが,結局,ひとり税理士としてはこの選択肢にならざるを得ないという価値観が共有できているのは,実はたいへん心強いことで,大手会計ソフト会社で開発をてがけるみなさんにも,この本をご一読いただけると,user friendlyの意味が,また違って見えてくるかと思います。

 そして,税理士試験の受験者が漸減している状況の中,現在,大学に在学中くらいの若い人たちに,「組織に属さない生き方」を示してあげることができたと思われる前作はもちろん,どうすれば効率よく税理士業務を行えるかを教えるこの著書も,TACや大原簿記学校に通う受験生の皆さんに是非お読みいただきたいと思います。

 

ひとり税理士の仕事術―雇われない・雇わない働き方 仕事も人生も楽しむ税理士

ひとり税理士の仕事術―雇われない・雇わない働き方 仕事も人生も楽しむ税理士

 

 

「会計不正調査報告書を読む」Profession Journal誌に寄稿しました。

profession-net.com

 先週,経営破綻が伝えられた株式会社郷鉄工所の経営者による粉飾決算の様子をまとめた調査報告書の解説記事を,Profession Journal誌に寄稿しました。原稿のまとめ作業中に,2回の不渡りを出したことがIRニュースとして公表されていて,びっくりしましたが,再建への道を断念して自己破産申請を行うということになったのは,本ブログでもすでにとりあげたとおりです。

 郷鉄工所のweb siteはすでに閉鎖されているらしく,調査報告書をお読みいただけないのは残念です。

 興味深い点は多々あるのですが,追加調査を行うことを決断した郷鉄工所経営陣は,かねてから付き合いのある企業に調査費用の借り入れを打診,3,000万円の資金提供を受けています。調査依頼を受けた第三者委員会は,この3,000万円を調査着手前に全額預かり,報告書提出後,実際にかかった費用を報酬として受け取り,余った部分は返還することとしていたあたり,資金繰りに不安のある依頼者から仕事を受任するときの債権保全策として,参考になりそうです。

 創業86年になる老舗企業を破綻に追い込んだ直接の原因は,太陽光発電事業への参入でした。「太陽光バブル」なんて言葉も,つい数年前にはありましたが,本業以外で経営を立て直すというのは難しいものだと,本稿でとりあげた調査報告書を読みながら,あらためて思った次第です。

株式会社郷鉄工所,倒産(東京商工リサーチより)

 9月11日をもって上場廃止となることが決まっていた東証名証2部上場の株式会社郷鉄工所が2回の不渡りを出して,銀行取引停止処分になったようです。

 郷鉄工所といえば,第三者委員会を設置するための費用が捻出できないとか,第1次調査の範囲を限定しすぎたため,監査意見が出ないので,追加調査を行うとか,追加調査のための費用を借入金で賄うなどといった,リリースが毎日のように出されていて,結局は有価証券報告書を提出できないために上場廃止となったという経緯をたどっていたのですが,やはり相当に資金繰りはきつかったようです。

 もっとも,会社側の見解は少し違います。

http://www.gohiron.co.jp/statement/up_img/1504250727-059872.pdf

 上記のリリースによれば,

本手形は今後の借入を目的として振出先に預けておりました手形であり,本手形を担保とした借入は実行されていないことから,取立に持ち込まないよう交渉しておりましたが、残念ながら不渡りという状況になりました。

ということで,本来は,不渡りになるはずのない約束手形であったようです。郷鉄工所と債権者の間でどのような交渉が進められていたのかはわかりませんので,リリースの内容が正しいかどうかは判断できません。

 東京商工リサーチの記事では,まだ営業は継続中ということであり,今後,スポンサー企業が現れるなどして,再生への道を進むのか,このまま破綻処理へと移行するのか,粉飾決算企業のその後ということで,注目しています。

「会計不正事件における当事者の損害賠償責任」【連載第6回】をProfession Journal誌に寄稿しました。

  毎週木曜日は,web情報誌Profession Journalの刊行日です。このところ隔週で連載を続けさせていただいた「(判決から見た)会計不正事件における当事者の損害賠償責任」は,第6回となる今週が最終回。これまで判決の検証を中心に論考を続けてきた損害賠償責任に問われないためのコーポレートガバナンスについて,社外取締役・社外監査役の立場から,考えてみました。

 本稿は大きく3つのパートからなります。

 コーポレートガバナンス・コードなどが要請している社外取締役・社外監査役の積極的な活用とその期待ギャップ。会計監査人を交代させない・交代させられない,わが国も上場会社の状況。そして,日本銀行が提言している「金融機関のガバナンス改革:論点整理」についての検討です。

 日本銀行による「論点整理」は以下のアドレスから読むことができます。

https://www.boj.or.jp/announcements/release_2017/data/rel170724b1.pdf

 筆者にとって,日本独自の監査役制度を一部否定するかのような,「金融機関のガバナンス改革:論点整理」の内容は衝撃でした。いわゆる3ライン・ディフェンスにおける,内部監査部門の位置づけは,日本企業では社長ないし取締役会直轄というのが当たり前のように論じられてきましたが,「論点整理」では,これを「誤った3線モデル」と批判しています。そのうえで,「正しい3線モデル」として,社外取締役が中心となる監査委員会の指揮命令下に内部監査部門を置くべきであるとしています。

 現在のところ,こうした主張に対して,公益社団法人日本監査役協会は表立った反論等をしていないようですが,今後の論争の行方が注目されます。

【書籍】木山泰嗣『教養としての「税法」入門』

  いつの間にか青山学院大学の教授になられていた木山泰嗣先生による入門書を読みました。もちろん,入門書なので,新しい知識を得ることができたというわけではないのですが,面倒な税法理論を,平易な言葉で解説する木山先生の文章はたいへん読みやすく,興味深いものでした。

教養としての「税法」入門

教養としての「税法」入門

 

  やはりタイトルがいいですね。

 「教養としての」というのは,社会人としてこのくらいのことは知っておかなくてはいけないという含意ではないかと思うのですが,内容については,そのレベルを超えていると思います。唯一気になったのは,法律の条文を注書きで掲載しているのですが,ここまでいるのかな,と。ちょっと注書きが多すぎて,かえって読みづらい気がしました。

経理責任者による不正――光彩工芸社

  JASDAQ上場の貴金属アクセサリーの製造販売会社株式会社光彩工芸は,8月18日,「当社経理部門責任者の不正行為に関するお知らせ」 を公表しました。

決算短信及び開示書類 - 株式会社 光彩工芸

 リリースによると,発覚の発端は「東京国税局の調査」ということのようです。なかなか発覚しづらい経理部門責任者単独による不正は,税務調査を契機として発覚することが多いのですが,本件も,監査等委員である取締役や会計監査人の目はごまかせても,国税調査官には見抜かれたということのようです。

 不正は,平成26年ころから開始され,被害金額は約230百万円ということのようです。光彩工芸社の過去の決算状況を拝見すると,不正が行われていたらしい平成27年1月期,平成28年1月期ともに赤字決算となっています。赤字決算の理由が,経理部門責任者の不正にあるかどうかは判然としませんが,とくに平成27年1月期は増収減益決算で,なおかつ赤字となっているわけですから,会計監査で不正の兆候は発見できなかったのかなと思うところです。

 過大な材料費た棚卸高の計上により,不正に金員を支出していたということですので,過年度決算の修正にあたっては,経理部門責任者に対する損害賠償請求権の計上(収益の計上)に伴い,赤字決算から黒字決算に転換する可能性もあるかもしれません。そうすると,法人税や消費税についても,重加算税の賦課決定処分を含む厳しい処分が待ち構えていることになります。

 不正に支出された金員は不動産投資に回されていたので,相当程度,損失の回復が可能であるということですが,失った信用の回復は簡単ではないと思われます。3人の社外取締役からなる監査等委員である取締役は全員が弁護士で,かつ,そのうち1人は公認会計士でもあります。経理部門責任者に権限が集中していることに対するリスク認識は,どういうものだったのでしょうか。

「会計不正事件における当事者の損害賠償責任」【連載第5回】をProfession Journal誌に寄稿しました。

 web情報誌Profession Journalに隔週で連載中の「会計不正事件における当事者の損害賠償責任」第5回は,「引受証券会社の損害賠償責任」について,エフオーアイ事件第1審判決(東京地方裁判所平成28年12月20日判決)を引用しながら,検討しました。本判決は,有価証券報告書虚偽記載による損害賠償請求事件で,初めて証券会社の責任を認めたものとして大いに話題になりましたが,裁判所の判断は,引受証券会社のみならず,監査役や内部監査部門に所属する者,不正調査を行う者が広く一般に心がけておかなければならない「懐疑心」についての示唆に富むものであったと考えます。

 たとえば,本事件では,粉飾決算をしているという内容の匿名の投書が,2回届きます。引受証券会社は,1回目の投書に基づき,追加で審査を行いましたが,残念ながら,その調査に際して原本確認を行わず,また,取引先への照会(税務調査で言うところの反面調査)も行わないまま,投書の内容を否定しました。そして,2回目の投書が届いた際にも,内容が1回目のものと同じであるとして,追加の調査を行うことなしに,スケジュールどおりに上場させてしまいます。

 裁判所は,引受審査がより厳格なものであれば,1回目の投書の時点で粉飾決算が行われていたことがわかっていた可能性が高いとして,引受証券会社の責任を認めました。匿名の内部通報を,「社内の一部不満分子」による誹謗中傷であると片づけようとした会社側の説明を,半ば鵜呑みにして表面的な追加調査しか行わなかった引受証券会社の責任が問われるのはやむを得ないところでしょう。

 本稿は,1万文字を超える原稿となってしまい,紙媒体の雑誌等では当然大幅な文章の削除を要請されるところだったかと思いますが,さすがweb情報誌,そうした制限は一切なく,おかげで,判決文の引用を多くとりいれることができました。Profession Journal誌の刊行当時は,2,000字から3,000字くらいでまとめるように言われていたのですが,最近は,6,000字から8,000字が常態となってしまっております。とくに編集部から「文字数を減らすように」と言われないことをいいことに,今回は,とうとう大台を超えてしまいました。

 連載の最終回となる第6回は,これまでとりあげてきた判決をもとに,社外取締役・社外監査役とコーポレート・ガバンスについて,最近の動向を見ながら,検討を深めていく予定です。