『租税争訟レポート』Profession Journal誌に寄稿しました。

 このところ隔月掲載のペースで寄稿させていただいている『租税争訟レポート』ですが,第34回には,賃貸用建物を建築した場合における消費税を計算するときに「用途区分」が争点となった震災請求において,国税不服審判所が,納税者の訴えの大部分を棄却した事案について,解説記事を載せていただきました。

 事案の概要は「居住用とそれ以外の用途区分が併存する建物の建築費用を,消費税の課税仕入れの計算において,どう区分するのか」というもので,納税者は,居住用以外の区分を大きくすることで課税仕入れを増額させ,消費税額の還付を受けようとしたものです(と言いきっていますが,実際には情報公開請求により公開された裁決分の消費税額の計算部分がすべて黒塗りであったため,還付事案であったかどうかは筆者の推測です)。

 用途区分について,納税者(請求人)は,少し変わった主張を展開します。

 建物に係る建築費用等の課税仕入れに係る支払対価の額は,個別対応方式を適用する際に共通対応分に区分され,建物の用途区分別の面積に基づいて,課税売上対応分と非課税売上対応分に区分することができる。この点,建物の用途区分別の面積は,①住宅用として賃貸される部屋は非課税売上対応分となるが,②それ以外の部分は住宅用の部屋に入居した者のみが使用するものではないから課税売上対応分となる。

 前段は原処分庁による処分と同じですが,大きく異なるのは「この点」以下です。当然のことながら,「それ以外の部分は住宅用の部屋に入居した者のみが使用するものではないから課税売上対応分」という主張については,国税不服審判所は次のように明確に否定しました。

請求人の独自理論であって,課税売上対応分と非課税売上対応分とに区分する際の合理的な基準とは認められない。

 それにしても,情報公開請求により公開された行政文書の「不開示部分」の取扱いは,制度の趣旨から逸脱しているような気がしてなりません。国税不服審判所の裁決から,課税売上高,課税仕入れの額やその結果として納付すべき消費税額等を「不開示」としてしまったら,「何が争われたのか」は半分程度わからなくなります。本件でも,消費税の還付をめぐる争いがどうかは,事案全体を理解する上では重要だと思うのですが,消費税の計算過程については残念ながらすべて黒塗りでした。

 また,国税不服審判所が自ら公開している「公表裁決事例」の数の少なさも問題です。

 国税審判官の半数程度を民間の人間を採用することで,国税庁からの独立性を高める方向へと改革が進んでいる国税不服審判所ではありますが,裁決の全文開示へ向けた取組が必要ではないかと思うところです。

国税不服審判所の職員(国税審判官)の募集について| 採用情報 | 国税不服審判所

「公表裁決事例(平成29年1月から3月分)」Profession Journal誌に寄稿しました。

 国税不服審判所が3か月ごとに公表している「裁決事例」の平成29年1月から3月分が,先週から公開されています。今回の公表対象はわずか7件。その中に,国税徴収法がらみの事例が2件ありましたので,今回はその2件についての解説記事を載せました。

 国税徴収法といえば,国税局で徴収の仕事の経験がある税理士や税理士試験の選択科目として受験した税理士を除いては,あまり親しみのない法律ではないかと思います。小職も,業務上,徴収関係でもめた経験がなく,今回の二つの事例は,解説記事を書くにあたって,いろいろと調べることがありました。

 それにしても,公表される裁決事例の数の少なさはどうしたことでしょうか。国税庁レポートによれば,平成28年度における審査請求処理件数は1,959件ということですが,その内容が公表されているのは年間54件足らずに過ぎません(わずか2.75%)。

2017年度版|国税庁レポート|活動報告・発表・統計|国税庁

 もちろん,国税不服審判所の「裁決要旨検索システム」を利用すれば,要旨だけとはいえ,「平成8年7月1日から平成29年3月31日の間に出された裁決に係る裁決要旨又は争点項目を検索・閲覧できる」ということですので,決して完全非公開というわけではないのですが,裁決は「全文公開」が原則ではないかと思うところです。

裁決要旨の検索 | 公表裁決事例等の紹介 | 国税不服審判所

【書籍】江上剛『病巣――巨大電器産業が消滅する日』

  江上剛『病巣――巨大電器産業が消滅する日』を読みました。「東芝事件」を題材にしたフィクション。

 本書巻末には,次のような表記があります。

本書は東芝に関わる一連事件から着想を得たフィクションですが,登場人物その他の造形は著者の創造の産物です。

病巣 巨大電機産業が消滅する日

病巣 巨大電機産業が消滅する日

 

  読む前に想像していた以上に,不正会計の手口がわかりやすく説明されていて,驚きました。大きく分けて4種類あった不正会計のうち,とくに「バイ・セル取引」を中心に描いたのは,この取引に係る不正が最も悪質だと,江上さんが考えているからでしょう(小職も同意見です)。

 不正についての関係者の認識を,江上さんなりに分析する面白い記述がありましたので,以下に引用したいと思います。

一度手を染めると,そこから抜け出ることができず,どんどん深みに入っていくのが経理上の不正だ。

しかし,これを不正と認識していたらさすがの加世田(引用者注:田中元社長がモデルであると思われます)も「不正をやれ」とは指示しないだろう。

誰もが不正だと認識しないように自分の頭の中を作りかえていたのだ。

不正ではない。単なる微調整なのだ。たまたま期末に余分に買ってもらっただけではないか。いずれ帳尻は合わせるのだから……。

 「不正だという認識はなかった」

 不正会計が発覚したときによく耳にする言葉ですが,「不正だと認識しないように頭の中を作りかえる」という表現は,面白い指摘だと思いました。

 小説の最終盤で,内部告発をした四銃士の一人が,こんなセリフを呟きます。

日本の経営者全般に言えることだけど,自分の成功体験を否定できる人はいない。そして成功体験のある人がトップにいる間は,部下たちはその成功体験を否定できないんだ。

 だから,自らの成功体験に縛られた旧経営陣は,「顧問」や「相談役」として残るのではなく,速やかに退出すべきである。とまで,江上さんは書いていませんが,読み手である小職はそのように読み取りました。

 東芝事件については,小職もProfession Journal誌に複数回寄稿しております。

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【書籍】井ノ上陽一『ひとり税理士のIT仕事術』

  同業者にあまり知り合いがおらず,まして,友人と呼べるような税理士がいない当職ですが,本書の著者である井ノ上陽一さんは,とても近しい存在だと(勝手に)思っています。なにしろ,会ったことがないのですから,友人ではないはずです。井ノ上さんの著作を拝読するのは,これで2冊目です。前作『ひとり税理士の仕事術』同様,短い文章でたたみかけるように繰り出されるノウハウは,そこまで公開して大丈夫ですか,というレベルのものです。

ひとり税理士のIT仕事術―ITに強くなれば、ひとり税理士の真価を発揮できる!!

ひとり税理士のIT仕事術―ITに強くなれば、ひとり税理士の真価を発揮できる!!

 

  前作でも同じような感想を持ちましたが,井ノ上さんは,本当にストイックな方です(そうでなければ,トライアスロンに出場しないでしょう)。前作では,「ひとり」にこだわり,本作では「効率化」を追求しています。私個人は,人生には多少ムダがあった方がいいという考えですので(「多々」かもしれませんが),そこまで効率を追求する気はないのですが,自由な時間がある方が楽しいことは間違いないので,井ノ上さんの実践されていることのいくつかは,徐々にとりいれたいなと正直に思っています。

 本書を読む前から知っていたことではありますが,会計ソフトに対する考え方には,井ノ上さんと当職にかなりの共通点があります。井ノ上さんが本書で書かれているとおり,「消去法で選んだ」ものではあるのですが,結局,ひとり税理士としてはこの選択肢にならざるを得ないという価値観が共有できているのは,実はたいへん心強いことで,大手会計ソフト会社で開発をてがけるみなさんにも,この本をご一読いただけると,user friendlyの意味が,また違って見えてくるかと思います。

 そして,税理士試験の受験者が漸減している状況の中,現在,大学に在学中くらいの若い人たちに,「組織に属さない生き方」を示してあげることができたと思われる前作はもちろん,どうすれば効率よく税理士業務を行えるかを教えるこの著書も,TACや大原簿記学校に通う受験生の皆さんに是非お読みいただきたいと思います。

 

ひとり税理士の仕事術―雇われない・雇わない働き方 仕事も人生も楽しむ税理士

ひとり税理士の仕事術―雇われない・雇わない働き方 仕事も人生も楽しむ税理士

 

 

「会計不正調査報告書を読む」Profession Journal誌に寄稿しました。

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 先週,経営破綻が伝えられた株式会社郷鉄工所の経営者による粉飾決算の様子をまとめた調査報告書の解説記事を,Profession Journal誌に寄稿しました。原稿のまとめ作業中に,2回の不渡りを出したことがIRニュースとして公表されていて,びっくりしましたが,再建への道を断念して自己破産申請を行うということになったのは,本ブログでもすでにとりあげたとおりです。

 郷鉄工所のweb siteはすでに閉鎖されているらしく,調査報告書をお読みいただけないのは残念です。

 興味深い点は多々あるのですが,追加調査を行うことを決断した郷鉄工所経営陣は,かねてから付き合いのある企業に調査費用の借り入れを打診,3,000万円の資金提供を受けています。調査依頼を受けた第三者委員会は,この3,000万円を調査着手前に全額預かり,報告書提出後,実際にかかった費用を報酬として受け取り,余った部分は返還することとしていたあたり,資金繰りに不安のある依頼者から仕事を受任するときの債権保全策として,参考になりそうです。

 創業86年になる老舗企業を破綻に追い込んだ直接の原因は,太陽光発電事業への参入でした。「太陽光バブル」なんて言葉も,つい数年前にはありましたが,本業以外で経営を立て直すというのは難しいものだと,本稿でとりあげた調査報告書を読みながら,あらためて思った次第です。

株式会社郷鉄工所,倒産(東京商工リサーチより)

 9月11日をもって上場廃止となることが決まっていた東証名証2部上場の株式会社郷鉄工所が2回の不渡りを出して,銀行取引停止処分になったようです。

 郷鉄工所といえば,第三者委員会を設置するための費用が捻出できないとか,第1次調査の範囲を限定しすぎたため,監査意見が出ないので,追加調査を行うとか,追加調査のための費用を借入金で賄うなどといった,リリースが毎日のように出されていて,結局は有価証券報告書を提出できないために上場廃止となったという経緯をたどっていたのですが,やはり相当に資金繰りはきつかったようです。

 もっとも,会社側の見解は少し違います。

http://www.gohiron.co.jp/statement/up_img/1504250727-059872.pdf

 上記のリリースによれば,

本手形は今後の借入を目的として振出先に預けておりました手形であり,本手形を担保とした借入は実行されていないことから,取立に持ち込まないよう交渉しておりましたが、残念ながら不渡りという状況になりました。

ということで,本来は,不渡りになるはずのない約束手形であったようです。郷鉄工所と債権者の間でどのような交渉が進められていたのかはわかりませんので,リリースの内容が正しいかどうかは判断できません。

 東京商工リサーチの記事では,まだ営業は継続中ということであり,今後,スポンサー企業が現れるなどして,再生への道を進むのか,このまま破綻処理へと移行するのか,粉飾決算企業のその後ということで,注目しています。

「会計不正事件における当事者の損害賠償責任」【連載第6回】をProfession Journal誌に寄稿しました。

  毎週木曜日は,web情報誌Profession Journalの刊行日です。このところ隔週で連載を続けさせていただいた「(判決から見た)会計不正事件における当事者の損害賠償責任」は,第6回となる今週が最終回。これまで判決の検証を中心に論考を続けてきた損害賠償責任に問われないためのコーポレートガバナンスについて,社外取締役・社外監査役の立場から,考えてみました。

 本稿は大きく3つのパートからなります。

 コーポレートガバナンス・コードなどが要請している社外取締役・社外監査役の積極的な活用とその期待ギャップ。会計監査人を交代させない・交代させられない,わが国も上場会社の状況。そして,日本銀行が提言している「金融機関のガバナンス改革:論点整理」についての検討です。

 日本銀行による「論点整理」は以下のアドレスから読むことができます。

https://www.boj.or.jp/announcements/release_2017/data/rel170724b1.pdf

 筆者にとって,日本独自の監査役制度を一部否定するかのような,「金融機関のガバナンス改革:論点整理」の内容は衝撃でした。いわゆる3ライン・ディフェンスにおける,内部監査部門の位置づけは,日本企業では社長ないし取締役会直轄というのが当たり前のように論じられてきましたが,「論点整理」では,これを「誤った3線モデル」と批判しています。そのうえで,「正しい3線モデル」として,社外取締役が中心となる監査委員会の指揮命令下に内部監査部門を置くべきであるとしています。

 現在のところ,こうした主張に対して,公益社団法人日本監査役協会は表立った反論等をしていないようですが,今後の論争の行方が注目されます。