【書籍】一田和樹『公開法廷』

 「公開法廷」とは,投票権を持つ全国民が陪審員となる裁判のことで,ひとつの公判で三組の被告人が登場し,それぞれに検事と弁護士がついたうえで裁判が行われ,陪審員である国民の投票によって,三組の被告人のうちだれが真犯人であるか,または三組の被告人たちがすべて無罪であるかが裁かれる法廷のこと。テロ等準備罪が成立した後の日本が,どのような社会になるかを描いた近未来小説。結末が知りたくて,読み進めました。

公開法廷:一億人の陪審員

公開法廷:一億人の陪審員

 

  本筋から外れますが,本書の中で,「サヨク」についての言及が2カ所あり,面白く読みました。

カタカナのサヨクと表記されるようにって意味合いが変わった。きちんとした議論をせず,時には根拠もなく,同じ主張を繰り返す頭の悪い人々という揶揄する言葉に変わった。本来の思想的な側面は失われ,パッシングの際に用いるラベルになった。

文句だけ言って国をよくする具体的な行動をしない人にとやかく言われたくないなあ。僕知ってますよ。そういう人を最近は,カタカナでサヨクっていうんでしょう?

 本書の内容については,ミステリーという作品の性質上,言及を避けたいと思います。いささか荒唐無稽かもしれませんが,アメリカの犯罪捜査やサイバー・セキュリティに詳しい筆者ならではの視点がふんだんに盛り込まれていて,たいへん面白いストーリーとなっています。筆者の著作を読むのは初めてでしたが,ぜひ,他の書籍も読んでみたいと思っているところです。

 

【書籍】水谷竹秀『だから,居場所が欲しかった』

  タイトルよりも,「バンコク,コールセンターで働く日本人」という副題に惹かれて読みました。筆者の水谷さんはフィリピン在住のノンフィクション作家。彼の書籍を読むのは初めてです。

  タイに,日本のコールセンターがあるという話すら,初めて聞くものでしたが,本書によると,大手コールセンターの進出は2004年のことだというから,もう10年に上の歴史があることになります。大手コールセンター2社だけで300人,規模の小さなコールセンターも含めると400~500人が,「日本語」でコールを受け付け,あるいはセールスの電話をかけているということで,驚きでした。

 ただ,コールセンターで働く人に対する日本人在留者の評価は低いらしく,「コールセンターでしか働けなかった」という印象を持たれ,月収が3万バーツ(約9万円)とほかの現地採用者(最低賃金が5万バーツから)よりもかなり低いことも手伝って,見下されているということです。とはいえ,3万バーツあれば,ぜいたくはできないまでも,生活ができるのがタイのいいところのようで,日本で居場所のない人たちが集まっている――本書の背景はそんなところでしょうか。

 「困窮邦人」という言葉も,本書で初めて知りました。困窮法人とは,「経済的に厳しい状況に陥っている海外在留邦人」ということで,タイは,フィリピンの130人に次ぐ29人が援護された実績があるとのことです(外務省,2015年)。筆者が取材をしていた,コールセンターで働き,その後,コールセンターの職を失った中年男性が,困窮法人になっている可能性があることに,本書で言及しています。

 私自身,何度か,バンコクには観光で訪れた経験があり,タイ語がまったく通じなくても何とかなるという経験は有していたのだが,物価の安さとタイ政府の後押しもあったとはいえ,日本の賃金の2分の1以下で日本人を雇用し,日本語コールセンターが運用されているというのは驚きだった。そして,こうした「海外ワーキングプア」の増加は,日本における非正規労働者の増加と軌を一にしていると筆者は分析する。

 決して読後感がいい書籍ではないものの,5年の歳月をかけた緻密な取材に基づく登場人物のストーリーは,それぞれに波乱に富み,考えさせらることが多くありました。中でも,郵便局の正社員の職を辞し,住宅ローンを踏み倒して家族3人でタイに来て,コールセンターで働く中年男性がうつ病になった元同僚への手紙に書いたという,「心の優しい人間はうつ病になって当たり前。ならない方がおかしい」という言葉は,病んでしまった日本社会を映しているように思えました。

「会計不正調査報告書を読む」Profession Journal誌に寄稿しました。

 不定期で連載させていただいているProfession Journal誌の「会計不正調査報告書を読む」第64回の記事を寄稿しました。とりあげたのは,山梨県にあるジュエリーの製造販売業を営む株式会社光・彩(旧社名:株式会社光彩工芸)の経理責任者による横領事件の内部調査委員会による報告書です。
 不正が発覚した経緯にまず,驚きました。東京国税局による税務調査の初日に,不正があることを示唆されたということです。「初日」というのがすごいです。たぶん,代表取締役(もしかすると社長室長も同席していたかもしれません)に対して,こうした示唆が行われたと思われますが,当時,経理課は社長直属の体制になっており,経理責任者である経理課長の上司は社長だったわけですから,これは衝撃だったでしょう。

 不正の調査を行ったのは,監査等委員である社外取締役の弁護士二人がそれぞれ主宰する法律事務所に所属する顧問弁護士と顧問税理士事務所に所属する公認会計士。調査の目的は,不正の解明というよりは経理責任者が横領した金員によって購入した資産を確保することによる「損害の回復」。他の会計不正事案とは趣を異にする調査でした。

 中途入社した7か月後にはもう銀行預金の横領に手をつけていたという経理責任者ですが,横領した金員で複数の不動産を購入し,実親を住まわせたり,賃貸収入を得たりと,ギャンブルや飲食,愛人などに費消して他の事案の犯人とは一風変わっていました。おかげで,内部調査委員会は,不動産を譲渡担保にとったり,預金を差し押さえたりと,かなりの損害を回復します。その点だけをとってみれば,顧問弁護士を調査の主体にしたことは正解だったのでしょう。

 この経理責任者は,税理士試験2科目を免除され,1科目合格して,会計事務所での勤務経験もあり,会計監査人への対応もそつなく行っていたようですから,たぶん有能な経理マンには違いないのでしょう。ただ,残念ながら,誘惑には弱かったようです。

書籍:酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』

 酒見賢一さんの『泣き虫弱虫諸葛孔明』を第一部から第伍部まで,一気に読みました。続編を待っている間の期待感もいいものですが,最後まで続けて読めるのも,また格別です。第一部が刊行されたのが2004年だそうですから,完結までに13年を要したことになります。

泣き虫弱虫諸葛孔明 第伍部

泣き虫弱虫諸葛孔明 第伍部

 

  三国志は,本当に面白くて,これまでも,羅貫中の『三国志演義』はいくつかの翻訳本で読み,吉川英治の『三国志』も楽しく読みました。本作がとても面白いのは,正史『三國志』や『三国志演義』,後世の注などを網羅して,比較しながら論じているところでしょうか。呉の孫権以下の登場人物が,広島弁を思わせる言葉づかいで統一されていたり,孔明の南征の相手となった南方の豪族たちの不思議な風俗が面白おかしく描かれていたり,酒見賢一さんの工夫が随所にちりばめられていて,各巻600ページで5巻という大部の物語を飽きさせません。

 今回,全5巻を読み終えるために約1か月,本を持ち歩いていたわけですが,やはり,重いのはいかんともしがたく,やっぱり電子書籍かなと感じました。とはいえ,ページを繰る感触も捨てがたく,悩ましいところです。

【書籍】望月衣塑子『新聞記者』

  菅官房長官の記者会見で繰り返し質問する動画が話題になっている,東京新聞社会部記者の望月衣塑子さんが書いた『新聞記者』を読みました。

新聞記者 (角川新書)

新聞記者 (角川新書)

 

  実は,望月さんとはメールで意見交換をしたことがあって,紙面に署名がある記事はなるべく読むようにしています。とはいえ,このところの露出ぶりには驚いています。なぜ,いろんな場所に顔を出し,話をするのかについては,本書でも語られています。

 本書を読み終わった後,望月さんとのメールのやりとりを再読しました。

 破綻したJALの再建問題についての記事の内容について,小職が事実誤認があるのではないか,あるいは,記事の内容に不足があるのではないかというような問題点を指摘したところ,長文の反論が2回にわたって届いたものでした(望月さんとメールのやりとりをしたことは覚えておりましたが,論点が何だったかすっかり忘れていました)。2012年7月のことです。

 本書によれば,当時,望月さんは第1子の出産に伴う育児休暇から復帰して,それまでの社会部から経済担当に異動になったあとだったみたいです。忙しいときに,丁寧な返信をもらったことに,あらためて感心した次第です。メールを読んだときに,「きっととても真面目な記者さんだろう」と感じた印象は,本書を読み終えた後でもまったく変わりませんでした。

 今後も,望月記者のご活躍に期待したいと思います。

 

「会計不正調査報告書を読む」Profession Journal誌に寄稿しました。

 このところ,寄稿が続いていますが,web情報誌Profession Journal誌に連載第63回目となる「会計不正調査報告書を読む」を寄稿しました。とりあげた調査報告書は株式会社AKIBAホールディングスの元取締役による不正な資金流用が発端となった事案です。事業会社を次々と買収して連結子会社化して,事業の多角化を図る持株会社の弱点が露呈してしまった感じの会計不正事件を,第三者委員会はどのように分析したんか。ぜひ,ご一読ください。

 本事案の特徴は,持株会社の取締役・監査役が,各事業会社の代表取締役以下経営陣を兼務していることにあったのではないかと思っています。コーポレートガバナンス上は,持株会社の取締役・監査役が,事業会社の経営陣を監視・監督する方が望ましい形であろうかと考えるのですが,当社はそういう仕組みをとっていませんでした。

 また,買収する前から行われていた不適切な取引が買収後も継続しているなど,持株会社としての事業会社管理に,かなり不備があったのではないかと考えます。

 調査結果を受けて,同社は経営陣の大幅刷新を行っています。

 再発防止という意味では,それは適切な施策なのですが,「どんどん子会社を増やして,事業領域を拡大する」といったこれまでの経営方針は転換されることになりそうで,そこは少し残念な気もします。

 何より,本調査報告書を読んだ東京国税局は,すでに税務調査の準備に余念がないのではないかと思います。架空請求に基づく簿外役員報酬の支払い,請求代金を水増しさせて利益の圧縮を図るといった会計処理は,課税当局からはおいしすぎる事実認定でしょうから。AKIBAホールディングス経理部門は,各子会社の修正申告や源泉税の追加納付など,遺漏のない税務手続を行うことを期待しています。

ACFE JAPAN第8回カンファレンスの模様をProfession Journal誌に寄稿しました。

 去る10月6日(金)に開催されましたACFE JAPAN(一般社団法人日本公認不正検査士協会)主催の第8回カンファレンスの模様を、web情報誌Profession Journalに寄稿しました。今回のカンファレンスでは,「不正と人口知能(AI)」をテーマにした講演やパネルディスカッションが行われ,約300名の参加者が集いました。

 パネルディスカッションでは,AIに脅かされる士業を代表して,弁護士・公認会計士のパネリストがそれぞれの立場から発言をされ,大いに会場を沸かせました。

 ACFE JAPAN事務局のご厚意で、カンファレンスの写真をご提供いただきました。この場を借りてお礼を申し上げます。

www.acfe.jp