【書籍】上村雄彦『不平等をめぐる戦争――グローバル税制は可能か?』

  読売新聞の書評欄で見つけて,読むことにしました。

 ちょうど台北旅行を予定していたため,その道程で,多くを読むことができました。

 著者は,国際連合に勤務した経験も有する大学教授。書評によれば,「税制の穴を防ぎ,地球環境問題や貧困,感染症など世界的な課題に取り組むための資金をねん出するのがグローバル・タックス」ということで,どういった処方箋を示し,実現のための工程表が語られるのかを楽しみに,読み進めました。

不平等をめぐる戦争 グローバル税制は可能か? (集英社新書)

不平等をめぐる戦争 グローバル税制は可能か? (集英社新書)

 

 読後の感想は,「グローバル・タックス実現は難しそうだ」という一言に集約できます。著者の,現状における問題認識については,大いに同意できますし,グローバル・タックスという考えが一つの処方箋であることは間違いないと思います。

 ただ,現状では導入は難しいだろう,ということです。

 理由は,いくつかあります。グローバル・タックスに先進国が同意する可能性はあります。税を徴収し,配分方法を決める機関の創設も可能かもしれません。問題は,配分すべきグローバル・タックスを受け入れる途上国において,受け入れた資金をその目的に合致した形で国民に分配するシステムがあるでしょうか。

 たとえば,貧困問題解決のために配分された資金が,独裁者の私腹を肥やさずに,解決のために使われるかどうか,疑問はないでしょうか。現在のODAが有している問題をグローバル・タックスの導入だけで払拭できるとは思えません。

 あるいは,先進国の中で,グローバル・タックスへの参入拒否,グローバル・タックスからの離脱が問題になるかもしれません。一つ抜け穴があれば,制度が画餅に帰す結果になることは,タックス・ヘイブンの現状を見れば明らかです。

 地球の抱えている問題を世界中で解決するための仕組みとしてのグローバル・タックスは,たしかに理想的です。実現すれば,大変けっこうなことだと思います。そういう意味でも,著者のこれからの活躍には大いに注目したいと思っています。

「会計不正調査報告書を読む」Profession Journal誌に寄稿しました。

 連載第52回の事件は,社会福祉法人夢工房の理事長一族による不正をとりあげました。保育園事業と特別養護老人ホームを運営する社会福祉法人です。兵庫県芦屋市に本拠を置く法人の事件であるためか,あまり全国紙には登場しませんが,東京都港区や品川区の保育園事業にも進出していて,東京新聞あたりでは,ときどき,続報が報じられています。

 経営者としてはかなりやり手の理事長が,毎年のように保育園を開設して,事業を軌道に乗せていく裏で,実母や子供たちの架空人件費を法人に支出させるなどの,手口で,77百万円近い金員を流用していたほか,自治体から補助金46百万円を不正に受給していた疑いがあると,第三者委員会は認定しました。

 その背景に何があったのか。

 ぜひ,本文をお読みいただければと思います。

 冒頭,全国紙ではほとんど報じられないと書きましたが,産経新聞web版では,かなり詳細な記事が出ています。見出しがすごいです。

www.sankei.com

「会計不正防史学」企業会計12月号――発売中です。

 中央経済社企業会計誌上で,1年にわたって連載いただいた「会計不正防史学」 。連載最終回である12月号は,犯罪心理学が五千問の山本真智子さんによる「エンロン事件――不正を行動科学で見る」です。史上最大の会計不正事件を題材に,不正のトライアングルを紐解きながら,不正防止・不正抑止を説明されています。

Accounting(企業会計) 2016年 12 月号 [雑誌]

Accounting(企業会計) 2016年 12 月号 [雑誌]

 

 特集は「徹底解剖CFO――「F」から始まる経営革命!」ということで,CFOのあるべき姿が多角的な分析されているようです。企業の経理部門に勤務する人間にとっては,いわば「最高のステータス」でもあるCFOをどのように論じているのか,楽しみなところです。

 もうひとつ,毎号楽しみにしている町田教授の「じっくり語ろう監査のはなし」では,読者からの意見に対して町田教授がコメントをお行うというコーナーがスタートしています。雑誌の連載記事では珍しい取り組みではないかと思いますが,読者の感想も,それに対する町田教授の反論(?)もなかなか読んでいて興味深く感じます。

パナソニックプラズマディスプレイ株式会社 特別清算申請

 帝国データバンクは,昨日付の記事で,パナソニック株式会社のk会社であるプラズマディスプレイ製造会社が,特別清算を申請する予定であると報じました。負債総額は5,000億円だそうですが,全額,親会社からの借入金であり,外部の債権者はいないようです。

 製造業としては,過去最大規模の倒産ということで,プラズマディスプレイの製造が,いかに,多額の設備投資や開発費を要したかをものがっているように感じます。

 それにしても,一世を風靡したプラズマディスプレイが,こんなに早く市場から淘汰されるとは,かつて開発に携わってきた研究者のみなさんのみならず,予想もできなかったことだったのでしょう。記事にも,「2009年3月期には年売上高約3,137億円」だったのが,2014年3月期には「年売上高約202億円まで減少」して,事業活動を停止していた,とあります。

 ウィキペディアによれば,プラズマテレビの開発は,NHK「プロジェクトX――挑戦者たち」でも,2003年6月3日に放映されたそうです。当時,私も番組を見て,「すごいな」と思っていたものですが,10年もたたずに,液晶との戦いでは勝負あったというところでしょうか。

【書籍】上野庸平『ルポ アフリカに進出する日本の新宗教』

  著者がブルキナファソに滞在していた2014年前後に,実際に,施設や布教活動を見学し,インタビューを行ったものをまとめたルポルタージュである。タイトルには「日本の」とあるが,ラエリアン・ムーブメント統一教会といった,発祥が日本ではないものも含まれています。

ルポ アフリカに進出する日本の新宗教

ルポ アフリカに進出する日本の新宗教

 

 もともとがキリスト教徒多イスラム教徒であったはずのアフリカの人たちだったが,意外と簡単に仏教徒になる様子が描かれています。

仏教徒になったら貧しさから抜け出せるんじゃないかって考えてお寺に来る人が多い」と,ガーナにある日蓮正宗法華寺の日本人住職は,仏教の御利益信仰が,アフリカでの布教活動につながっていると指摘する。

 一方,筆者の上野さんは,日本とアフリカの宗教観の違いを次のようにまとめています(p.119)。

「宗教に興味がある」という言葉は日本で聞くと「怪しい新興宗教に入会しそうな人」を指し,「そんなヘンなことに興味を持つのはやめなさい」となる気がするが,むしろアフリカでは「宗教に興味がある」というと,正反対に「哲学的で真面目な真実を追い求めている人」みたいな意味で,「不信心者はその敬虔さを見習いなさい」となる気がする。

 アフリカ人の宗教観は,上野さんが見聞した範囲が限られていることもあって,法華寺の日本人住職の考えが正しいのかどうかも含めて結論は出せないところですが,「幸福の科学」「真如苑」「崇教真光」「創価学会」「日蓮正宗」といった,日本の新興宗教が,いかにアフリカの地に根づいてきたかを知ることでき,たいへん興味深いルポルタージュでした。

「公表裁決事例」Profession Journal誌に寄稿しました。

profession-net.com

 さる9月29日,国税不服審判所が公開した平成28年1月分~3月分の公表裁決事例に関する「速報解説」記事を,Profession Journal誌に寄稿しました。今回は公開された事例の数が多く(17件),とりあげる事例に迷いましたが,なるべく実務に活かせるような内容のものを選んだつもりです。

 バックナンバーを確認したところ,今回の公開で,丸3年間,四半期に一度の割合で解説記事を寄稿していることに気づきました。とくに件数を確認したわけではありませんが,おそらく,「重加算税」の要件をめぐる裁決事例を一番多くとりあげている気がします(今回もとりあげました)。

 これは,どの裁決事例を読んでも,一般論,つまり規定上の「重加算税の賦課決定要件」に差はないはずなのに,事実関係の「当てはめ」になると,審判官によってかなり差があるのではないかという,私の個人的な興味を満たすために,重点的に「重加算税」をとりあげているという面があるかと思います。

 ぜひ,ご一読ください。

【書籍】八代尚宏『シルバー民主主義』

www.tokyo-np.co.jp

  けさの東京新聞朝刊に,政府の年金給付抑制策とそれを批判する民進党の反論が出ていました。相変わらず,どちらが野党でどちらが与党か,よくわからないようなねじれた主張になっています。どうして,年金給付額の高い人だけ,その給付の増加を抑制して,もともと少ない年金しかもらっていない高齢者については,減額はしないという主張にならないのか,まったく不思議です。

 そんなことを考えたのも,ちょうど,八代尚宏氏の『シルバー民主主義――高齢者優遇をどう克服するか』を読んでいたからでした。

  八代さんは言います。

日本のシルバー民主主義の真の問題は,高齢者の「目先の利益」を過度に重視する結果,社会保障制度の持続性を損なうことで,むしろ高齢者の不安感を高めてしいることである。

 高齢者の票を狙う政党は,破綻に瀕している年金制度を救うための政策――これは往々にして高齢者の既得権益を奪うことにつながるのですが――を掲げることを良しとせず,そのためには,年金制度の現状と過去の運営の過ちを国民に晒すことなく,小手先の弥縫策を繰り返している。そして,そのことによって,かえって,高齢者層の社会保障制度に対する不安感が高じ,年金支給額の増加によっても消費は喚起されることなく,定年後も企業にとどまって働くことを選択して若年層の雇用機会を奪っている。

 こうした状況を八代さんは,「納税者民主主義の危機」と評しています。

 1973年に創設されて以来,当初の積立方式がなし崩し的に賦課方式に変わった以外には,大きな制度設計の変更もないまま,存続の危機に瀕し続けている年金制度を抜本的に改革する政策を掲げる政党の出現を待って,はや,どのくらいの歳月が無駄に過ぎたのかと考えると,その間にも年金制度の負債はどんどん増えているというのに,まことに残念なかぎりです。