【書籍】水谷竹秀『だから,居場所が欲しかった』

  タイトルよりも,「バンコク,コールセンターで働く日本人」という副題に惹かれて読みました。筆者の水谷さんはフィリピン在住のノンフィクション作家。彼の書籍を読むのは初めてです。

  タイに,日本のコールセンターがあるという話すら,初めて聞くものでしたが,本書によると,大手コールセンターの進出は2004年のことだというから,もう10年に上の歴史があることになります。大手コールセンター2社だけで300人,規模の小さなコールセンターも含めると400~500人が,「日本語」でコールを受け付け,あるいはセールスの電話をかけているということで,驚きでした。

 ただ,コールセンターで働く人に対する日本人在留者の評価は低いらしく,「コールセンターでしか働けなかった」という印象を持たれ,月収が3万バーツ(約9万円)とほかの現地採用者(最低賃金が5万バーツから)よりもかなり低いことも手伝って,見下されているということです。とはいえ,3万バーツあれば,ぜいたくはできないまでも,生活ができるのがタイのいいところのようで,日本で居場所のない人たちが集まっている――本書の背景はそんなところでしょうか。

 「困窮邦人」という言葉も,本書で初めて知りました。困窮法人とは,「経済的に厳しい状況に陥っている海外在留邦人」ということで,タイは,フィリピンの130人に次ぐ29人が援護された実績があるとのことです(外務省,2015年)。筆者が取材をしていた,コールセンターで働き,その後,コールセンターの職を失った中年男性が,困窮法人になっている可能性があることに,本書で言及しています。

 私自身,何度か,バンコクには観光で訪れた経験があり,タイ語がまったく通じなくても何とかなるという経験は有していたのだが,物価の安さとタイ政府の後押しもあったとはいえ,日本の賃金の2分の1以下で日本人を雇用し,日本語コールセンターが運用されているというのは驚きだった。そして,こうした「海外ワーキングプア」の増加は,日本における非正規労働者の増加と軌を一にしていると筆者は分析する。

 決して読後感がいい書籍ではないものの,5年の歳月をかけた緻密な取材に基づく登場人物のストーリーは,それぞれに波乱に富み,考えさせらることが多くありました。中でも,郵便局の正社員の職を辞し,住宅ローンを踏み倒して家族3人でタイに来て,コールセンターで働く中年男性がうつ病になった元同僚への手紙に書いたという,「心の優しい人間はうつ病になって当たり前。ならない方がおかしい」という言葉は,病んでしまった日本社会を映しているように思えました。