「租税争訟レポート」をProfession Journal誌に寄稿しました。

 隔月で連載している「租税争訟レポート」連載第69回が,10月12日,web情報誌Profession Journal最新号で公開されました。2回続けて,「税理士損害賠償請求訴訟」の話題です。

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 争点は複数あったのですが,最も注目されるのは,原告と被告税理士との間で締結していた委嘱契約にある「賠償額制限条項」の適用があるかどうか,です。条項には,「被告の過失が原因で生じた場合の損害賠償は、被告が受けた利益を限度とする」という文言がありました。

 裁判所は,被告税理士の消費税の申告に当たっての判断誤りについて,事実上又は法律上の基礎を全く欠いているものとまではいえず,通常あり得る程度の税制選択上の過誤にとどまるというべきであるという判断を下した事項については,契約上の「消費税決算料の報酬額である月額顧問報酬の1ヶ月分5万円の4期分として20万円」を賠償額としたものの,被告税理士が,原告代表者との間で,原告が本則課税事業者と簡易課税事業者のいずれである方が有利であるかを検討し,本則課税事業者である方が有利であれば、第4期中に簡易課税不適用届出書を提出して、第5期中に本則課税事業者に戻すことを明示的に約したにもかかわらず,その検討を怠ったことによる善管注意義務違反は,被告税理士がほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態で行われたものといわざるを得ないとの判断を示して、被告に重大な過失があると認定して,原告が納付することとなった消費税額の全額が,損害賠償の対象となるという判断を示しました。

 過誤と故意または重大な過失との間で,契約上の「賠償額制限条項」が適用できるかどうかを判断するというのは,判決になってしまえば当たり前のように考えられますが,顧問先との契約書上の状況について,見直しが必要かもしれないと考えた次第です。

 

「会計不正調査報告書を読む」Profession Journal誌に寄稿しました。

 毎月連載中のweb情報誌Profession Journal「会計不正調査報告書を読む」連載第147回が,昨日,公開されました。前回に引き続き,株式会社ビジョナリーホールディングスの元社長以下,元取締役,元執行役員らによる不正に関する責任調査委員会の報告書をとりあげました。

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 こうした責任調査委員会が設置されることはあまり多くないのですが,たまに報告書に接すると,責任判定の難しさに,調査委員会が苦慮している感じが文章から伝わってきます。いくつもの前提条件を置き,「仮に――だとすれば,法律違反に問われる可能性がある」という形で,一見,責任があるのかどうかわからないような表現で文末を終えることが多いかと思います。ビジョナリーHD責任調査委員会も同様の苦労の後を見せていますが,それでも,元社長の行為を中心に,何らかの「法律違反が成立すると考えられる」という判断をきちんと示している点,評価できるのでhないかと思います。

 もっとも,前回の連載で概説した第三者委員会による調査は,調査対象者の非協力や虚偽の発言もあって,必ずしも従前の調査ができたわけではなく,その調査結果を前提に,取締役,執行役員または従業員としての法的責任を判定しなけらばならいというのは,なかなか困難な作業であったことと思料します。

 記事の後半は,責任調査委員会の調査報告書受領後の,ビジョナリーHDをめぐる動きを時系列でまとめています。調査が終わったからこれで一件落着ではなく,これから,元社長らの責任を追及する損害賠償請求訴訟に臨みながら,東京証券取引所による「特設注意銘柄指定」の解除に向けて社内体制を立て直しつつ,風評被害を晴らしながら,業績を維持または拡大していくというのは,並大抵のことではないと考えます。とくに,元社長らとの間の訴訟に関しては,判決までには相当の年月がかかることが予想されるとともに,元社長らがどのような反論をしてくるのかわからないこともあって,先行きが見えないところです。

 引き続き,今後の動きを注視していきたいと考えています。

「会計不正調査報告書を読む」Profession Journal誌に寄稿しました。

 毎月連載しているweb情報誌Profession Journal最新号に,「会計不正調査報告書を読む」連載第146回が,公開されました。今回,とりあげた調査報告書は,株式会社ビジョナリーホールディングスが設置した第三者委員会によるものです。

 ビジョナリーHDは、元代表取締役社長星﨑尚彦氏らの「企業価値を毀損する行為」の疑義に関する内部通報を端緒に,複数の調査委員会を立ち上げ、その調査結果を公表してきています。今回は、5月31日付の「第三者委員会調査報告書」を中心にまとめました。次回【第147回】では,7月25日付の「責任調査委員会調査報告書」を中心に,調査結果の概要をまとめてる予定です。

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 調査のきっかけは,会計監査人の監査ホットラインに,星﨑元社長に関する通報があったことでした。ビジョナリーHDは,通報内容に基づき事前調査を行ったうえで,第三者委員会を設置しました。

 結果的に,第三者委員会による調査は,ヒアリング対象者による面談の拒否や虚偽の説明,調査対象会社による資料の提供拒否などにより,十分な解明が進んだとは言えないものに終わってしまいました。調査結果を受けて,会計監査人は,監査意見の不表明とともに辞任を申し出るという事態につながってしまいました。こうした結果を受けて,第三者委員会は,更なる調査及び検討を行うためには,裁判所,検察庁もしくは警察等の捜査機関,または金融庁もしくは公正取引委員会その他の行政機関による強制権限に基づく調査及び資料収集を待たざるを得ないことから,ビジョナリーHD取締役会に対して,強制権限を有する機関への各種働きかけを通じて本件事案の更なる解明を図ってもらいたいと述べています。

 十分な調査を尽くせなかった第三者委員会の調査結果を受けて設置された責任調査委員会が,どのような調査結果をまとめたかは,次回の連載で検証したいと思います。

「会計不正調査報告書を読む」Profession Journal誌に寄稿しました。

 毎月連載を続けさせてもらっているweb情報誌Profession Journal最新号に「会計不正調査報告書を読む」連載第145回が掲載されました。今回とりあげた調査報告書は,従業員4人が逮捕・起訴された近畿日本ツーリストによる「新型コロナウイルス感染症に係る業務」を巡る不正請求に関して,持株会社のKNT-CTホールディングスが設置した調査委員会によるものです。

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 新聞などでの繰り返し報道されていますが,発覚のきっかけは,近畿日本ツーリスト新型コロナウイルスワクチン接種に係るコールセンター業務を委託していた大阪府東大阪市が,コールセンターでの再委託先従業員の勤務状況に関する照会を行ったところ,約2億9千万円の過大請求が行われていたことが判明したというものです。

 新型コロナウイルス感染症の影響により,業績が大きく低迷している近畿日本ツーリストが,地方公共団体向けのBPO業務に活路を求めて,利益拡大を図っていく中で,おそらくは「これくらいなら許されるだろう」という程度の過大請求がエスカレートして,「詐欺罪」として刑事事件となる規模まで拡大したということではないかと思うのですが,複数の支店で同時多発的に発生した架空請求事案であるにもかかわらず,調査員会は「組織的な関与」を否定しています。

 一方で,調査委員会は,次のように述べて,本事案を厳しく非難しています。

本事案における一連の不当・不適切な行為は,民事的には,KNTの委託元に対する債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償責任が問題となり得る行為であり,このような問題行為がKNTの日常的な営業活動の中で発生していたということ自体、そもそも企業の業務として甚だ不適切であったと言わざるを得ない

こうした問題行為は,税金を原資とする地方公共団体が管理する公金を喪失させる結果を招いており,委託元に対する契約違反等の問題にとどまらず,地方公共団体に対して損害を与えることを通じて,民間に委託されて実施される公益性の高い事業に対する市民ないし納税者の信頼をも損なうものである

 個人旅行者である消費者(=市民・納税者)を相手にすることも多い近畿日本ツーリストにとって,本件で失ってしまった消費者の信頼を取り戻すのは,たいへん難しいことであると思います。

 

「租税争訟レポート」をProfession Journal誌に寄稿しました。

 隔月で連載を続けさせてもらっている「租税争訟レポート」連載第68回が,web情報誌Profession Journal最新号で公開されました。今回は,税理士損害賠償請求事件をとりあげました。損害賠償請求の原因となった争点は二つ。一つは,原告の代表者であった社による資金の流用に気づかなかった顧問弁護士の責任。もうひとつは,原告が,所得促進税制の適用要件を充たしていたにもかかわらず,その適用を失念していた税理士が賠償すべき損害の範囲です。なお,所得促進新税制による税額控除の適用失念に関しては,被告である税理士も争っていません。

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 ひとつめの争点について,東京裁判所は,被告である顧問税理士の責任を認めませんでした。その理由として,顧問契約において,会計不正の調査業務は明示されていないうえ,被告が会計原票の基となる原資料に当たることも予定されていなかったということから,会計書類及びその作成過程から把握される不審点を調査確認し,不正があればこれを是正指導する義務が被告にあったものと直ちに解することは困難であること,税理士法を根拠に顧問契約の解釈を補い,会計書類及びその作成過程から把握される不審点を調査確認し,不正があればこれを是正指導する義務が被告にあったと解釈することも困難であるとの判断を示しました。

 この裁判所の判断はこれまでの複数の判決を踏まえたものであると考えます。

 ふたつめの争点について,東京裁判所は,原告が課題に納付した法人税額等の額に加えて,所得拡大促進税制の適用の可否や適用による税額控除額の計算等の検証を依頼した別の税理士に支払った報酬の一部についても,相当因果関係のある損害であると認めました。原告は,被告から受領する損害賠償金に対しても法人税が課税されるところから,当該法人税についても損害賠償に含めるよう主張しましたが,こうした主張は,裁判所によって斥けられました。

 原告の代表者による資金流用の結果,原告の貸借対照表上の現金残高は1億円を超える金額になっていたわけですが,会計監査と異なって現金実査をするような義務は負っていない税理士とはいえ,「この現金残高でかまわないですか?」という疑問の言葉ひとつ,関与先にかけることがなかったとしたら,法的責任はともかく,職業会計人としての懐疑心には,問題があったのではないかと思いました。

「会計不正調査報告書を読む」Profession Journal誌に寄稿しました。

 毎月連載させてもらっているweb情報誌Profession Journal「会計不正調査報告書を読む」連載第144回が,27日に公開されました。今回とりあげた調査報告書は,株式会社レイが設置した第三者委員会によるものです。公認会計士・宇澤亜弓氏と弁護士熊谷真喜氏のコンビによる会計不正調査報告書は久しぶりで,切れ味の鋭い原因分析に期待して,読み進めました。

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 会計不正の主犯であるA氏は,自身が経営する会社を利用して,会社資産の詐取を実行します。ひとつは,仮装または水増し請求によって支払わせた外注費を自身の会社名義の預金口座に振り込ませる手口。もうひとつは,レイが支払う紹介料の請求書を水増しさせて,キックバックを自身の経営する会社名義の預金口座に振り込ませる手口。きわめつけは,自身の経営する会社が受注したレイと競業するする取引に係る外注費を,レイの外注費と仮装して支払わせる手口。こうして,4億円を超える金員を詐取してきたわけですが,レイがこうした不正に気づくことはありませんでした。

 不正が発覚したきっかけは税務調査。調査報告書に記述はないのですが,税務調査の過程で外注費の架空や水増し請求が露見して,または露見しそうになって,A氏が自白したものと思われます。

 使い込まれた4億2千万円余りのうち,事件発覚後に回収できた資金は7千万円ほど。受注した案件の主担当者1人に大きな権限を与えてプロジェクト遂行を委ねてきたことに,第三者委員会は批判的で,「担当者の複数制」を検討するように再発防止策を提言していますが,レイが公表した再発防止策では,この提言は無視された格好になっています。レイとしては,A氏個人の不正であり,他の社員が同様な不正を働くことは考えづらいという見解を有しているのかもしれませんが,高額な報酬を支払って調査を行った専門家による提言を尊重しないことについて,株主・投資家がどのように感じているのか,8月30日に予定されている定時株主総会では,本件に対する経営責任なども問われることになりそうです。

 

「会計不正調査報告書を読む」Profession Journal誌に寄稿しました。

 毎月連載させてもらっているProfession Jornal誌の最新号が昨日公開されて,「会計不正調査報告書を読む」連載第143回をお読みいただけるようになりました。今回とりあげた会計不正事案は,webマーケティング事業などを手がける株式会社ジオコードの従業員による「売上の前倒し計上」です。

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 手口自体はありふれたもので,とくに隠蔽工作もしていなかったため,決算確定の過程であっさり発覚したわけですが,この事案をとりあげたのは次の2点について,改めて考えてみたかったからです。

 一つ目は,業務フローに沿った決算確定作業が大事であるということです。本件が発覚した経緯は,売掛金の回収が遅れていた商談について,顧客から戻ってきた売掛金の残高確認書が「0」となっていることがわかったときに,担当者から話を聞くのではなく,その上長に依頼して,顧客に直接確認させた結果,「未納品」=「売上の前倒し計上」が露呈して,売上計上のための納品検収書の偽造まで突き止めたものです。納品研修書を偽造した従業員が,残高確認書の偽造するところまで頭が回らなかったのかのかもしれません。ともあれ,債権管理部門と監査部門が一体となって対処して,自浄能力を発揮したことは評価できると思います。

 二つ目は,調査委員会の組成に関する疑問です。調査委員会には,社外監査役である弁護士と,同じく社外監査役公認会計士が参加し,さらに社外取締役1名と常勤監査役が加わっています。常勤監査役以外の者は,いずれも就任後4年以上の期間がたっており,調査委員会が原因分析の中で指摘したジオロードに特有の事情,例えば,売上目標逹成に対するプレッシャーや慢性的な人材の不足,また,事業部門におけるマネジメント意識の希薄さ,内部統制の脆弱性などに気づいていてもおかしくはなかったと思料するわけですが,社外取締役又は社外監査役として,こうした社内事情を是正するために何をしてきたのかは,当然のことながら、調査報告書に記述はありません。取締役など経営陣が関与した不正事案ではないということから,社外取締役と社外監査役が中心となる調査委員会を組成したものであると考えますが,社外取締役,社外監査役の職務執行に問題がなかったかどうかという視点は必要であり,その点,物足りなさが残る調査報告書でした。